ヒグマの食べ物


ヒグマの食性を調べる方法

 ヒグマの食性を調べる方法はいくつかありますが、最近では主に糞分析と安定同位体比分析という2つの手法がよく使われています。ヒグマの糞には食べたものの形が比較的よく残ったまま排出されるため、糞内容物の分析で容易に食べ物を調べることができます。安定同位体比分析は採食物の大まかな区分を推定することができ、またDNA情報やカメラデータと照らし合わせることで性齢級別、個体別に調べることができます。この2つの方法について紹介していきます。

 

 糞内容物分析は哺乳類の食性分析の中で最も一般的に用いられる手法です。山でヒグマの糞を見つけたら、日付、位置情報、新旧、付着昆虫などを記録し、回収します。持ち帰った糞はふるいを使用して洗い、ふるいの上に残った糞をバットにひろげてどんなものがどれくらい出てきたのか確認することで (図1)、ヒグマの採食物を調べます。しかし、この手法は咀嚼・消化されたものを分析するため、草本類などは詳しい種類まで特定することが難しい場合があります。

図1.糞分析の様子。洗ってふるいに残った糞をポイントフレーム法 (Sato et al. 2000) を用いて分析します。ポイントフレーム法とは写真のように格子の入ったバットに糞を広げ、格子点上の糞の内容物をカウントし、容量を算出する方法です。洗った糞を写真のようにバットに広げ、内容物を確認します。

 安定同位体比分析は、動物の体の一部組織(体毛や骨など)の炭素同位体比δ13Cと窒素同位体比δ15Nを調べて、採食物の推定を行う方法です。動物組織の炭素同位体比δ13Cと窒素同位体比δ15Nは利用した採食物の値を反映することが知られています。、草本類や果実などのC3植物は炭素同位体比δ13C・窒素同位体比δ15Nどちらも低い値を示します。デントコーンなどのC4植物は炭素同位体比δ13Cが、シカやアリなどの陸生動物は窒素同位体比δ15Nが高くなります。また、サケなどの海生動物はどちらも高い傾向を示します (図2)。調べる体組織によって異なる期間の食性を反映しているため、分析に用いる試料はどれくらいの期間の採食物を知りたいかによって決定します。

図2.安定同位体比分析によるヒグマの食性解析。

 一生分のトータルの食べ物を調べる場合は骨を、短い期間の食べ物を調べる場合は肝臓や血液などの代謝速度が速い組織を使います。また体毛を分析することでも採食物を推定することができます。体毛全体を分析した場合は、体毛の成長に従って安定同位体が蓄積されるので、体毛を細かく切り分けて分析をするとその個体の食性の季節変化を知ることができます。

 

 捕獲・駆除されたクマの組織を使用する場合はもちろん、野外調査で採取したクマの体毛を使用する場合は、その体毛の毛根部からDNAを採取して分析することによって、その個体の雌雄を知ることや個体識別をすることもでき、安定同位体比分析の結果と合わせることで個体レベルの採食物を知ることができます。

採食物の年次変動と雌雄・年齢による差

 ヒグマの主要な採食物は年によって利用可能量が変化するため、ヒグマはその変化に柔軟に対応し、食性を変化させます。また、性別によっても行動圏の大きさや栄養要求量が異なるため、雌雄でも食性が変化することがわかっています。今回は北海道のヒグマの食性の年次変化と雌雄・年齢による差についてまとめられている論文をいくつか紹介します。

 

 北海道中央部に位置する富良野市の東京大学北海道演習林で採取されたヒグマの糞分析を用いた食性調査の結果、晩夏(8-9月)は毎年農作物の利用が見られましたが、秋(10-11月)においてはミズナラ堅果が豊作、並作程度の年はヒグマによるミズナラ堅果の利用が多く、農作物の利用が減少したことがわかりました。凶作の年にはミズナラの利用が全く見られず、その代わりに農作物が利用されていました (Sato and Endo 2006)。

 

 大雪山の黒岳地域では直接観察により採食行動や食べ物の種類について調べられています。8月はハクサンボウフウの地上部が主に利用されていたのに対し、9月はハクサンボウフウの地上部・地下部・ハイマツの球果を、年によって割合を変えながら利用していたことがわかっています (前野ら 1997)。

 

 北海道東部地域に位置する浦幌地域では、1978年にはエゾシカの利用が見られませんでしたが、1999-2000年には春(5月)から秋、全ての季節において利用が確認されるようになりました。エゾシカが利用されるようになった要因は、浦幌地域が位置する道東地域においてエゾシカの分布と個体数が拡大したためだと考えられます (Sato et al. 2004)。また同じく浦幌地域においてヒグマの糞から出てきたエゾシカの毛の幅を計測し、エゾシカの成獣と新生子を区別することによってヒグマによるエゾシカの新生子の利用について研究された例もあります。その結果、エゾシカの個体数が増加するにつれて、ヒグマがエゾシカの新生子を利用する割合も増加していることがわかりました (Kobayashi et al. 2012)。

 

 知床地域においてはヒグマの食性と出没の関係が調べられています。知床のヒグマは8月には高標高帯に分布するハイマツを、9月には遡上してくるサケ科魚類を利用します。8月と9月にそれぞれ利用されるハイマツとサケ科魚類の採食量には年次変化があり (Shirane et al. 2021)、どちらも特に利用が少なかった2012年と2015年に市街地への出没が多くなったことがわかっています。また同じく知床地域では、ヒグマの体毛サンプルを使用した安定同位体比分析を用いて、ヒグマの食性が雌雄や年齢によって違いがあるのかについても研究されています。メスは成長しても採食物を変化させないのに対して、オスは母親から独り立ちしてから6年以上経過し、身体的に成熟した後に食性を大きく変化させ、エネルギーが豊富な海洋動物を利用するようになることがわかっています (Jimbo et al. 2022)。

(執筆:菊地静香,監修:佐藤喜和)

おすすめ文献リスト

  • 土居秀幸, 兵藤不二夫, 石川尚人. 2016. 安定同位体を用いた餌資源・食物網調査法(生態学フィールド調査法シリーズ6).共立出版,144pp.
  • 佐藤喜和. 2005. ヒグマの食性-地域による違いと年変動-.哺乳類科学. 45(1): 79–84.

 

参考文献 

  • Jimbo M, Ishinazaka T, Shirane Y, Umemura Y, Yamanaka M, Uno H, Sashika M, Tsubota T, & Shimozuru M. 2021. Diet selection and asocial learning: Natal habitat influence on lifelong foraging strategies in solitary large mammals. Ecosphere. 13: e4105.
  • Kobayashi K, Sato Y. & Kaji K. 2012. Increased brown bear predation on sika deer fawns following a deer population irruption in eastern Hokkaido, Japan. Ecological Research. 27(5): 849–855.
  • 前野華子, 萬屋宏, 片渕正志, 佐藤喜和, 伊藤勇樹, 北大ヒグマ研究グループ. 1997. 大雪山国立公園黒岳地域におけるヒグマの生態調査その2-ヒグマの食性と採食資源の関係について―. 日本哺乳類学会1997年度大会講演要旨集: 83.
  • Sato Y, Aoi T, Kaji K & Takatsuki S. 2004. Temporal changes in the population density and diet of brown bears in eastern Hokkaido, Japan. Mammal Study. 29(1): 47–53.
  • Sato Y & Endo M. 2006. Relationship between crop use by brown bears and Quercus crispula acorn production in Furano, central Hokkaido, Japan. Mammal Study. 31(2): 93–102.
  • Sato, Y., Mano, T. & Takatsuki, S. (2000): Applicability of the point-frame method for quantitative evaluation of brown diet. Wildlife Society Bulletin, 28: 311-316.
  • Shirane Y, Jimbo M, Yamanaka M, Nakanishi M, Mori F, Ishinazaka T, Sashika M, Tsubota T, & Shimozuru M. 2021. Dining from the coast to the summit: Salmon and pine nuts determine the summer body condition of female brown bears on the Shiretoko Peninsula. Ecology and Evolution. 11: 5204–5219.