ヒグマの基本情報


ヒグマの分布と生息数の回復

 ヒグマ(Ursus arctos)は、北海道を象徴する大型の野生動物であり、日本では最大の陸上哺乳類です。世界に分布している現存のクマ属の中では、最も広い範囲に分布しており、ユーラシア大陸から北アメリカにおける温帯からツンドラ、さらにはゴビ砂漠周辺の乾燥地域にまでといった幅広い気候環境に適応して生息しています。

 

 日本には北海道にヒグマ、本州にツキノワグマがそれぞれ生息しています。ヒグマは、約3万2,500 年前(後期更新世)には本州にも生息していたことが分かっています。しかし、激しい自然環境の変化に適応できず、ヒグマは本州からは姿を消すこととなりました。

 

 北海道のヒグマは、1960~70年代には家畜や農作物の被害が多発し、人身被害もあるため駆逐すべき害獣というあつかいでした。1966年からはヒグマを最も獲りやすい残雪期に銃で撃つ春グマ駆除が盛んに行われていました。それは実質的に絶滅化政策でした。しかし、1980年代後半になるとヒグマの生息数が各地で大きく減少し、地域的には絶滅も危惧される状態になったため、1990年に春グマ駆除は廃止されました。2000年代に入るとヒグマの生息数と分布域は徐々に回復し、現在では人里や都市部近くやさらにその内部にまで出没することが頻繁に起こっています(アーバン・ベア問題)。ヒグマの個体数と生息域は各地で大きく回復したことから、今後、どのように人とヒグマが折り合いを付けながら暮らしていくかが大きな課題となっています。

ヒグマの形態と生態

 ヒグマのオスとメスでは体の大きさに大きな違いがあります(性的二型)。最大でオスは400kgを上まわるものもおり、メスでも250㎏ほどの大きさになります。成獣のオスはメスよりも骨格が大きく、筋肉量も多いのでこのような体格差が生じます。ヒグマの体毛の色は、茶色や黒毛、金毛と個体ごとに違いがあります。ツキノワグマには胸に月輪の白斑がありますが、ヒグマも胸から肩にかけて白斑を持つ個体がいます。

 

 ヒグマは目や耳は小さいですが、鼻は長く突き出しています。ヒグマの嗅覚はとても発達しており、犬の6倍ともいわれる嗅覚を持っています。数百メートル離れた食物のにおいや、土に埋まった食物のにおいも嗅ぎつけます。ヒグマは「におい」の動物なのです。その嗅覚を使い、餌となる食物を探し歩き、大きく鋭い爪を使って土を掘り、木に登り、季節ごとに違う食物メニューを利用して暮らしています。ヒグマは肉食動物のイメージが強い動物です。実際にシカや川を遡上してきたサケなどを食べますが、実態は植物を中心とした雑食性です。北海道の森林や草原の草や木の実など多様な植物を主食として利用します。その特徴が歯の形にも表れています。ヒグマの歯の形は、巨体にも関わらず犬歯はそれほど大きくなく、臼歯は食べ物をすり潰したり、噛み砕いたりするように発達しています。ヒグマは、トラやオオカミなどの肉食専門の動物とは異なり、自然の中で安定的にたくさん得られる植物をたくさん食べて、巨体を維持する戦略をとった雑食性の動物なのです。

 

 ヒグマはなわばりを持たない単独性の動物です。複数のヒグマの行動圏は重なり合うことが分かっていますが、他の個体と一緒にいる機会は、親子や親離れ後に兄弟で行動している期間や、子別れした後しばらくの間兄弟がいっしょに行動する時期、そして繁殖期くらいです。性別で行動圏の広さには違いがあります。メスは出生地の近くで数十平方キロ程度の行動圏を持ちますが、オスは1000平方キロをこえる広範囲の行動圏を持つことが分かっています。ヒグマの行動圏は、各季節において食物を求める行動範囲と言えるので、同じヒグマでもその年の食物の量や分布によって行動圏の広さに違いが生まれます。

ヒグマの一年

 ヒグマの一年は、春夏秋冬ではっきりと生活様式に違いがあります (図1)。冬の生活は特に特徴的であり、冬眠という大きなイベントがあります。雪がたくさん降り、自然の中で利用できる食物が少なくなると、ヒグマの体内で冬眠へのスイッチが入ります。秋に蓄えた脂肪から栄養を得て、体内の活動を低下させた状態で春まで冬眠穴の中で過ごします。交尾期は初夏ですが、受精卵は子宮の中で着床せず休眠状態にあり、11月頃になってようやく着床して発育を開始します(着床遅延)。妊娠したメスグマは1~3頭の子グマを冬眠中に出産します。産まれたばかりの子グマは、体毛は無く、目も開いておらず、わずか400gほどの重さしかありません。

 

図1. ヒグマの一年

 

 春になると、冬眠穴からでて、先ずは冬眠中に失った栄養を取り戻すために、草本類や前の年に落ちたドングリ、冬の間に死んだり弱ったシカなどを食べます。冬眠中に生まれた子グマは、この頃には体毛が生えそろい、6kgほどになっています。ヒグマは、冬眠中に生まれて数か月後には約10倍以上の大きさに成長し、成獣になると200㎏を超える巨体に成長します。ヒグマは小さく生まれて、大きく育つ動物なのです。

 

 本格的な夏になる前(5〜7月)に、交尾期がやってきます。この頃に1年半~2年半の間子を連れていた母グマは子離れをして、オスグマを繁殖相手として迎えます。オスは、メスを求めて広い範囲を歩き回ります。一方、母グマから別れた子グマも好奇心旺盛なので活発に動き回ります。特に若いオスグマは、この時期に人里近くまで来てしまう傾向があります。

 

 夏はフキなどの草本類やアリなどの社会性昆虫、果実類を食べます。この時期は、山にヒグマの食物となるものが少なくなる時期です。山に食物が無いと、ヒグマは農作物を食して栄養を得ようとします。なので、夏の時期は電気柵などの被害対策がされていない農地ではヒグマによるデントコーンやビートなどの農作物被害が頻繁に発生します。

 

 食欲の秋は、ヒグマにとって冬眠前の食いだめの季節です。ミズナラなどの堅果類、サルナシやヤマブドウなどの果実類、地域によっては川を遡上したサケ科魚類を食します。この時期に、冬眠に向けてヒグマはたくさんの食物を食べて脂肪を蓄えます。しかし、堅果類や果実類は年によって結実する量が違います。もしこの時期に食物を充分に食べることができないと、冬眠による冬ごもりが厳しいものとなり、さらにメスグマは冬眠中に子グマを生むことが難しくなります。よって、この時期に食物が不足すると、食物を求めて人里近くまで来るヒグマが増えます。これが、年によって秋季の人里近くにヒグマが頻繁に出没する要因の一つと言われています。

ヒグマの行動

 ヒグマは学習能力が高い野生動物です。いつ・どこで・どのような食物を食べられたかをしっかりと覚えて、季節ごとの食物を求めて行動圏を歩き回ります。自分にとって良い体験・悪い体験をしっかりと記憶して行動をしているのです。農作物のある場所や時期もしっかりと学習しているので、農作物を食べることができた成功体験は、しっかりと彼らの記憶に残ります。よって、農作物被害に対して対策を何もしないと、ヒグマによる農作物被害が減ることは決してありません。

 

 子グマは、母グマと共に行動している期間に様々なことを母グマから学びます。各季節にどこに、どのような食物があるか、どのような食物が美味しくて栄養があるか、危険で警戒しなければならない場所はどこかを母グマと行動を共にして学びます。母グマが人里や都市部近くを行動圏としていると、その子グマ達も人里や都市部近くを自分の行動圏として認識します。市街地は森林と違い、人が沢山いて大きな音や強い光もあることから、基本的に野生動物はそのような場所を避けるはずなのですが、人里や都市部に慣れたヒグマはその場所を生活圏として認識してしまいます。これが、アーバン・ベアを生んでいる要因の一つと考えられています。

ヒグマを知ることは、ヒグマとの共存の第一歩

 北海道を象徴する野生動物であるヒグマは、豊かな自然の中で雄々しく生きています。しかし、人間の生活様式や生息環境の変化は、彼らに大きな影響を及ぼし、人との共存において様々な課題を生んでいます。そのような、課題を解決に導くために、ヒグマの生態や行動、遺伝的な特徴など様々な調査研究が行われています。「研究最前線」では、ヒグマについて様々な分野の調査・研究から明らかになっていることをご紹介します。

 

 ヒグマを知ることは、ヒグマとの共存をするための第一歩です。本ホームページの情報をご覧いただきヒグマについて深く知り、ヒグマとの共存をどのようにしていけばよいのか?考えていただけることを切に願います。

(執筆:伊藤哲治、図表:麻野飛鳥ロレイーン雅, 鈴木友李)

おすすめ文献リスト

  • 坪田敏男, 山崎晃司 編. 2011. 日本のクマ ヒグマとツキノワグマの生物学. 東京大学出版会.東京.
  • 増田隆一 編著.2020.ヒグマ学への招待 自然と文化で考える.北海道大学出版会.札幌.
  • 佐藤喜和. 2021. アーバン・ベア となりのヒグマと向き合う. 東京大学出版会.東京.
  • ヒグマの会. ヒグマを知ろう ヒグマノート.  ヒグマの会. 札幌.